2016年12月6日火曜日

目指せハードカバー

布教活動の第二弾だぜ~。
kindleの電子出版につづいて東京図書出版に原稿をおくる。
こっちはめだちたがりで本を出したわけでもない、古代史をまともなものにしたいための出版だ!!と訴え。
最初は東京出版と間違えていて参考書の会社ととんだ大間違いでじつはタカビ~な教育系でなく東京図書出版は誠実そうな会社で古代史関係の本も出版していて、まずは読んでもらえるようなのでいろいろ手続きして原稿添付でエイヤー。
なんか最近、はらがすわってきたようでなんでもしでかしそうだなとクールダウンといってもすでに送付済みだ。
資格は合格してきたけど受験は失敗つづき、日本の神様は優しく、死ぬときはすぐに神にしてくれるが生きているときはとてもきびしいけど、今年は猪野皇大神宮・太祖神社・高祖神社とすらすらかけた(編集は大苦労)お礼に参拝してきたが、なんとか国会図書館に保存されるハードカバー出版のお礼を香椎宮や箱崎宮でできるとうれしいな。
日本の神話で神様がインフレの原因は日本で死ぬと死骸が朽ちて蛆がわき、草が生え花が咲くこともあるすなわち人が生命を産む、すなわち生命を産むのは神だから日本人は死ぬと神になるのである。
縄文杉も縄文人が死んだところから生え育った木であったならその人物は木に数千年の生命力を与えた。
ところが大陸では、死ぬと動物に食われ、灼熱地獄、乾燥地獄、極寒地獄でただ朽ちるだけ、ミイラになるだけで、死んでも地獄なのでせめてもミイラが再生・生まれ変わり・輪廻転生、心だけでも救われたいと別世界を望み天国を想像する。
自然豊かな地と厳しい環境の地では死生観がこんなに違う。
だから、黄泉の国は決して和泉国ではなく死者が多くたどり着く、漁師は死亡すると自然なる海に返す、すなわち水葬するから対馬海流で一番流れ着きそうな対馬をあてその神様を月読神と想像した。
チョットだけシリアスになってしまったが死を冒涜するわけにもいかない。
歴史を考えると宗教もちった~理解できるというものだ。

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