肥後から六合の間を通って北陸まで、聖人は通った。たとえば、琵琶湖。かつて「淡海(あふみ)」と呼ばれたこの湖は汽水湖ではない。それなのに淡い海? これは、ただの漢字で、古代人は音で「あうみ」=「吾海」と話し、「私たちの海」なのでは?
しかし、なぜ自分たちの土地に「天」の名を与えたのだろうか? そのヒントは、日本語の性質、「膠着語(こうちゃくご)」にあるのだろう。音をつなぎ、意味を重ねて、世界を編み上げる言葉。「アマ」、その音には、古代の名乗りが込められていたのではないか。
中国の古代人が「マ(魔)」・鬼が衣を着た(鬼の心を持つ)魔物と呼び畏れた異界の民。それが、列島に生きる人々そのものだったのではないだろうか? 日本人は言ったのかもしれない。「われはマ――神の民なり」と。奄美、天草、玄界灘に暮らす人々は、自らを「ア(吾・我)」と呼び、「アマ」=「吾は神(マ)」という誇りとともに生きていたのでは?
一方、山に住む人びとは「ヤマ」と呼ばれ、島に住む人びとは「シマ」。それは、「あま」にとっては、よそ者「奴(やつ)らの神(マ)」を言い、領土(シマ)は死者(先祖)が眠る場所だったのでは。やがて、彼らは「アマ」という音とともに、北陸や琵琶湖のほとりへも「あま」を持って渡っていった。