前項の続き。
しかし、時代が移り、記憶が薄れた頃、元や明の人々は、その記録を図に写し変えようとした。しかし、手元にあったのは過去ではなく「今の地理観」。そして、文字で描かれた現実は、地図という表現の中で、歪んでしまった。地図が間違っていたわけではない。地図を描いた視線が、過去を知らなかっただけなのだ。そう気づいたとき、私はふと思った。
もしかしたら、『三国志』を歪めて読んでいたのは、私たちのほうだったのでは? 古代の中国人は、実際に日本に渡って来ていた。正始八年、太守・王頎(おうき)は卑弥呼の死に立ち会った。対馬も、壱岐も、九州北部も、彼らはきちんと知っていた。だからこそ、記録された。
にもかかわらず、今の私たちは、歪んだ地図を見てこう言う。
「記録なんて信用できない」、
「距離も方向もおかしい」、
「だから、場所なんて特定できるわけがない」――
しかし、ちょっと待った。本当に「おかしかった」のは、誰の目か? 古代中国の地理感覚を笑う前に、私たちは、自らの思い込みに惑わされてないか? 明代の地図と同じように、今の私たちも〝現代のフィルター″をかけて、過去を見てしまっている? ほんとうの記録は、地図ではなく、言葉のなかにある。そして、その言葉を歪めるのは、他でもない私たち自身の思い込みなのかもしれない。