日本の神を中国人は魔物、八岐大蛇や鳥獣の様だと言った。どうしてそんなに畏れたのか?
渤海の東、海の果て。霧の向こうに、「貳負神」という民がいた。『山海経』は、彼の国を「鬼国」と呼んだ。「食人從首始」、人を食らう者たち。「人面蛇身」、人外の民。恐怖とともに記されたその名は、果たして、真実だったのか。しかし、思い返してほしい。中国の筆が「鬼」と記すとき、それは、理解できない者への名づけだったのでは。
異質なもの。神秘なもの。自らの世界の外にある、もうひとつの世界。『後漢書・東夷伝』には、こう記されている。「高句麗 馬韓 弁辰……皆 鬼神を祀る」、鬼神それは、怨霊ではない。祖霊、土地神、風の声、水の囁き。自然とともに生きる、霊的な信仰。中国から見れば、理解できない異なる宗教世界。けれど、そこに宿るのは、人が神とともに歩んだ記憶だった。
卑弥呼、「鬼道につかえ 能く衆を惑わす」、そう記された女王。しかし、惑わしたのではない。彼女は、神の声を聴き、その言葉を民に伝えた。倭人にとって、彼女は巫女王。神と人のあいだに立つ者。霊威によって政を導く、媒介者だった。「鬼道」とは、呪術でもまじないでもない。それは、神と通じる祭祀の技。風を読み、火を鎮め、山の怒りを鎮めようとする、祈りのかたちだった。