桓武天皇が『続日本紀』を編ませたのも、俀国王統の流れの延長線上にあった。歴史は、記録されるだけではなく、語られ、選ばれ、そして、時に塗り替えられる。まだ、わからないことがある。まだ、語られていない声がある。神話と歴史の境界で、誰かが言葉にしなかった真実が、ひっそりと息をひそめている。日本の地図には、まだ描かれていない国がある。倭と俀と秦王国。王統は、並列していた。遷都とは、首都の移転ではなく、王朝の交替だった。太子とは、天皇の後継ではなく、もう一つの王の影だった。
日本は、ひとつの「国」ではなかった。王たちは、それぞれの空を見ていた。中国の史書は、それを記録していた。日蝕が、距離が、年号が、それを示していた。しかし、私たちはその地図を描き損ねた。ならば、これから描き直せばいい。国会図書館デジタルコレクション、維基文庫、地図アプリが、なにより、自由な思考がある。
AIは、非常識な世界では役に立たない。冷静な思考がなければ、とんちんかん。〝俀国伝″は、もう多くのサイトで〝倭国伝″に書き換えられてしまった。しかし、消し去られる前に、自分の目で確かめてほしい。そして、新しい地図を描いてほしい。まだ語られていない、物語を。