『魏志倭人伝』には、こう記されている。「鬼国」、「鬼奴国」。それは、架空の名ではない。倭の霊的な中心地。祭祀の場。神々と語らう場所。中国の役人たちは、記録に触れたとき、『山海経』の記憶を呼び起こしたのかもしれない。「ああ! あの恐るべき東の〝鬼国″の民が ここにもいる」
けれど、その「鬼」とは、日本の神々の音が、漢字に変換された姿だった。たとえば……「あま」「くま」「やま」「しま」の「ま」……魔。「かみ」の「み」……魅。「ち」……魑、句句廼馳、野槌、その音が、中国人には魔や魑や魅が妖怪の魍魎、「魑魅魍魎」と響いた。日本が語る神々の音が、中国には、恐ろしい妖怪として届いた。そして、「鬼」と記された。それに対して日本人は、漢字の鬼を「間」で祈る敵の巫女王と理解した。
しかし、『日本書紀』には、朝鮮の使者が日本を「貴国」と呼んだとある。「鬼」の国ではなく、「気高い国」。九州には基肄城跡があり、畿内には木国・紀伊国があった。人を食らう鬼国ではなく、やってきた男子を篭絡して返さなかったのではないか? さらに、隠岐・壱岐、おそらく、対馬も津岐と呼ばれた? 「鬼」ではなく、「木」や「岐」。それは、自然に宿る霊の名だった。日本の神々は、木、水、風、火、山、海、川。それぞれに宿る霊。清らかで、畏れをともなう存在。だからこそ、敬い、祀る。