元年春正月丁巳朔は正しい日干支、皇后が即位した。入鹿の説話は斉明天皇の時代の記録と考えられる。二月丁亥朔も正しい日干支、百済と高句麗との外交だ。新羅との戦いが始まり、どう対抗するかを話し合ったのだろう。三月丙辰朔も正しい日干支で天候の記事、その後に新羅の使節記事、来て帰ったとそっけない。会談は失敗したのだろう。夏四月丙戌朔も正しい日干支、百済の翹岐が来日し、蘇我大臣と会った。
五月乙卯朔己未も正しい日干支、5月5日薬狩りの日だが射猟。この年の夏至は5月18日、その頃に薬狩りをしたのだろうか。但し、その日に百済の使者が遣ってきた。六月乙酉朔も正しい日干支、大旱魃で、やっと小雨が降る異常気象で、秋七月甲寅朔も正しい日干支で、不吉の象徴だったのだろう。八月甲申朔も正しい日干支でやっと大雨が降った。
九月癸丑朔は俀国の暦、畿内は寺、造船は俀国に命じたのだろうか。冬十月癸未朔も正しい日干支、大地震があった。十一月壬子朔は俀国の暦、九州で大きな雷雨があったのだろう。十二月壬午朔も正しい日干支、まだ異常気象が続いたようだ。
二年春正月壬子朔も正しい日干支、大きな虹が架かったようだ。二月辛巳朔に桃の花が咲き、三月辛亥朔に百済の客舘堂が焼け、夏四月庚辰朔に大風雨、すべて正しい日干支で、1年近く異常気象が続いた。