これまで、古代史研究の基本的な見方を述べた。以降は、更に踏み込んだ古代史を読み解こう。
中国の史書ってすごかった。日蝕の記録が、なんと95%以上も合っている。現代の天文学の計算にも耐えるくらいだった。そのため、そこに記されている邪馬台国や卑弥呼の話も、信用できた。『後漢書』『三国志』『三国史記』……どれも古代日本を照らす存在だ。そこに描かれていたのは、海から生まれた神霊、そして中国人から「異形の神」と畏れられた日本人たち。
舞台は日本海南部。そこには三つの王国が並び立っていて、一夫多妻の制度が記されている。百年単位で続いた天皇や皇后の家は、ひとつの血筋ではなく、複数の妃と子を抱えた大きな「宮」というシステムだった。
しかし、『日本書紀』の日蝕は約81%。10%以上の修正が加えられている。卑弥呼が。神功皇后が。聖徳太子も……。それは、複数の王国が一つに見えるようにするための加工だった。日本は長いあいだ、いくつもの王朝が並行してあった。
そして唐が起こる頃、ついに倭がそれらをまとめ、日本という一つの国へと姿を変えていった。もちろん、北海道や琉球が日本に組み入れられたのは近世だが。その中で生まれたのが『古事記』である。しかし、何故か、この史書は日子大毘毘まで、天皇の崩御日を記録していない。つまり、御眞木入日子印惠が崩御する318年? の戊寅の年までは、すべてが〝神話″?