この「天地」という文字は、後から持って来た漢字。本来の「空」と「地上」とは、別物だったのでは? そんな疑問が浮かんできたとき、漢字の大本、中国の古代地理書、『山海経』を調べた。日本の神話と直接つながるわけではないが、編纂当時の『天』という言葉のイメージを知る手がかりになる。
その中の「海内経」には、こんな一文、「蓋天地之中」、この〝蓋″は、遼東半島あたりの「蓋州」のことだ。そこが「天地の境目」だと言う。天が空なら、「そこ」や「ここ」、世界中全て「天地の境目」。無意味な話になってしまう。「天」は「そこ」遼東半島の辺りで、空ではなく「水」だった。遼東半島にある「蓋州」が、「天地の中」にあると記されている。その場所は、鴨緑江、遼河や黄海、渤海が交わる水の源。天は、泉のように水が湧き出す場所だったのだろう。
さらに『山海経』の「大荒南経」には、〝天之山″という山があった。名前だけ聞けば、「空の上の山?」と思うが、違う。それは空に浮かぶ山ではない。「大荒南経」は太平洋のこと。海に浮かぶ島、そこから水が湧き、命が始まる場所だった。黒潮と対馬海流が分れていくあたりだ。
つまり、「天」とは空ではなく、〝聖なる海の源泉″だったのでは? 「天地初發」や「天地未剖」という言葉を、そうした視点で読み直してみると、これは「空と地面」の物語ではなく、「海と陸」、舟に乗って新しい陸地を発見した瞬間の神話だったのでは? 日本の始まりの時はまだ、文字がなかったが音を出して話をしていた。古代の人々は、音に祈りを込めて、「あま あめ」という響きの中に、男の神の「ま」、女の神の「め」と呼んだ。
やがて、中国から漢字が伝わる。「あま あめ」に「天」の字が当てられたとき、その音は、〝空″として解釈されていった。火山島が海で生まれ、そこに命が芽吹く姿を見つめていた人々には、「天」は、命が育まれる海そのものだった。したがって、彼らは「海士」。海に生まれ、海に祈る民だった。
この視点で、『記紀』を読み直すと、今まで見えなかった道が、浮かび上がってくる。