2017年3月23日木曜日

最終兵器のミサ 大分の人の国って

 古事記でジンム天皇ってトヨミケヌって人のことと言ったんだけど、その子でカミヤイミミって分家さんがいるんだけどその人ってオオオミや大分・阿蘇・火の国の他に関東地方までの親分の先祖って言ってるんよね、これ大分の人の先祖だっていってるんよね。
で、コウゲン天皇ヒコフツオシノマコトって皇子がいるんだけど、これは、コウゲン天皇の時代っていみで本当のところはトヨミケヌの子孫で、ヒコフツオシノマコトってタケウチさんのおじいさんなんだけど、どうやらこの人が西暦82年に広島と山口の境ちかくのスホウってところから福岡の京都郡に押し入って宮を建てたみたいで、そのあと、大分・宮崎・鹿児島・熊本・福岡県南部と地名をつけているけど、今まであったところに地名をつけるってことは、その地を自分のものにしたってことで、後漢書に書いてあった、倭国の東のコノ国がこの地域だったんじゃないってこと。
で、ヒコフツオシノマコトって人の分家のヤヌシオシオタケオゴコロってゆう人この人はおそらく八国は言い過ぎだから屋島を中心にしていた人なんだろうけど、この人がオオモノヌシの子孫から地位を奪っちゃったんじゃない、で、タケウチさんが島根の人から日本をうばっててっぺんになっちゃった、で、島根の人はオオトモさんがツいで、モノノベさんはクルメのほうに移されたってことで、それがタマタルの言い伝えってこと。
で、この大分の人って、日本とは名のらなかったみたいで中国の本に499年に日本から中国に坊さんがやってきて、自分の国はフソウ国といってイクサをしない平和な国で扶桑の木の皮で紙もつくってるよっていってるんだ、で、この国のお墓の形が朝鮮でも使われているんだ、どお、朝鮮のひとにそんけいされてそうだね。
で、何人かの分家がカケイを継いだんだけど、ヘグリさんからコセさんが大分の人の国を継いで、しかも、日本国もツいじゃって、中国を後ろ盾にした福岡の人をやっつけようとしたんだけど、一度はイワイって王様をやっつけたんだけど、日本国の王様だけど大分の人の子分みたいな待遇のモノノベさんが裏切って531年にコセさん一家が皆殺しされちゃって、モノノベさんが日本のてっぺんになったんだ。
だけどね、この大分の人の分家でソガさんって人がモノノベさんをやっつけて、日本って国を継いだんだけどね、福岡の人が思い上がっちゃって中国の人を怒らせるは、ソガさんがなさけにほだされて、朝鮮のつぶれそうな大分の人の友達の国を助けようとしちゃって大負け、で、福岡の人はこりゃあ大変ってゆうことで、ソガさんをフイウチしちゃって殺しちゃったんだよね。
で、福岡の人がとうとうカンペキな日本のてっぺんに立てたっておもったんだけどテンム天皇が中国とうまくやっていたオオトモ皇子を殺しちゃうもんだから、逆にテンム天皇がおいだされちゃって、あとで取り戻したんだけどケッキョク今度はフジワラさんってゆうジツリョクシャがあらわれちゃったてこと。
でもねぇ、日本も福岡の人がいたから平和な生活をたのしめたんだよねぇ、福岡の人がいなかったら日本は中国に怒られてやられちゃうか、中国と協力して朝鮮を攻めてヨケイ中国と悪いカンケイになったかもねぇ。

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