2023年8月2日水曜日

最終兵器の目  新『日本書紀』 仁徳天皇前期4

『日本書紀』仁徳前期に皇位継承争いの中、額田大中日子が大山守の領地の倭の屯田と屯倉を奪ったと相談している。それで、吾子篭が倭は天皇の領地ということで、山守はあきらめ、そこを、統治したのが比香賀君だ。額田大中日子もあきらめた様子がなく、額田大中日子が倭の王で、女国なのだから、額田大中日子の妻が比香賀君の妹(?泉長比賣)と思われる。香坂王の末裔と思われる迦具漏比賣の娘に忍坂大中比賣が存在し、迦具漏比賣の父が額田大中日子と考えられる。忍坂大中比賣は伊勢刑部、五十功彦の子の香坂王の子孫だ。品陀眞若王と娘婿が品太天皇でその子が倭君の額田大中日子。そして、「忍坂大中姫命稚渟毛二岐皇子之女」なので、若帯日子の子の武内宿禰和訶奴氣の義妹が息長帯日売。息長帯日売の夫が品太天皇の子の上道國造仲彦、すなわち、額田大中日子、大国と仲国王もしくは大国の中の仲国王だ。

若帯日子の子の和訶奴氣は穗積臣の祖の建忍山垂根の娘の弟財郎女との子である。忍山の娘の弟媛の子に息長田別が存在し、その子が杙俣長日子、その子が息長眞若中比賣である。息長眞若中比賣の子が稚渟毛二岐なので、息長眞若中比賣が和訶奴氣の義妹、若帯日子の娘である。すなわち、若帯日子は杙俣長日子、そして、息長田別が阿波()君の祖だ。従って、杙俣長日子が淡君、女国王の夫の男王で、息長眞若中比賣が息長帯日売である。

若帯日子の妃は中日賣と思われ、娘も中比賣、稚渟毛二岐が品陀和気と思われる。品夜和氣は弟比賣の娘に婿となって、難波王になったと考えられる。すなわち、息長眞若帯中比賣と夫の額田大帯中日子だから、息長帯比賣・帯中日子夫妻である。建内宿禰は尾綱根の荒田彦と中日賣の娘の木之荒田郎女の婿の可能性が高い。建内宿禰は名が内臣の王を表して、内臣の祖は味師内宿禰で、味師内宿禰は建内宿禰の兄である。すなわち、味師内宿禰は長男で名を襲名したと考えられ、葛城国造荒田彦は葛城之高千那毘賣の末裔と考えられる。味師内宿禰の母の葛城之高千那毘賣は尾張連の祖の竟富那毘・倭得玉彦の妹、八坂入彦の従妹にあたる。淡海國谷上刀婢の兄が比古布都押之信の可能性が高く、交互の婚姻が続いたと思われる。その中に、五百木部連の祖の若都保が存在し、五百木之入日子につながる。

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