2023年3月24日金曜日

最終兵器の目  新『日本書紀』 神話6

  六合は神霊の生れる所、黄帝も神霊を生んだ。しかし、神霊が生れるとは各氏族と交流して、首領の娘との間に子が生れる。そして、その子が首領になった事を意味する。全能の神の天が、神である天子・帝の黄帝達を生み、天子の帝俊が三身国などを生む。人が他部族の人と会うことで、利益を共有する纏まりを形成する。纏まりは国と呼ばれた。個々の部族には、元々、リーダーの首領が存在し、中心となる1人のリーダーを神と呼び、国神が生れた。八国も、1部族なら神は不要だが、他部族の人物と出会い、国として纏まる。八国を国と意識させ、そこに、他部族の人物が舟に乗って到来した。その舟に乗って来た人物が宇摩志阿斯訶備比古遲と思われる。『古事記』は畿内の氏族の葛󠄀木氏の史書だ。八国の人物の歴史が記述されている。「八島士奴美以下遠津山岬帶神の十七世の神」は当然、族葛󠄀木氏の神の系図である。葛󠄀木氏は天之甕主や敷山主等の姫を妃にすることで、その氏族の庇護を受けて、勢力を拡げたようだ。

 アカホヤ後、佐の男の子達は交易を行い、相手の窓口の首領の娘と婚姻した。その子達が奧津宮の多紀理毘賣すなわち隠岐の姫だ。多紀理毘賣は元々但馬の出身のようで、但馬が元々出雲氏の出身と思われる。また、中津宮の市寸島比賣すなわち壱岐の姫だ。そして、邊津宮の田寸津比賣、おそらく、但馬の姫である。そして、八国の主、須智賀の八耳の娘の櫛名田との子が八嶋士奴美である。さらに、出雲の山津見と於漏知との娘の神大市比賣との子が年神と宇迦の御魂なのだろう。「大」や「神」は伝説を話した人物の出身地の説話だから付加したと考えられる。出雲の山津見は加須屋の大海祇の子孫だ。出雲の山津見は奈賀の命生んだ。この山津見が阿遅鍬高彦根で奈賀命は丹波の須津姫を妃にし、その子達が大国主だ。そして、隠岐の多紀理毘賣は宗像の多紀理毘賣と変化した。

 丈夫国の加須屋大海祇大神の子の、海神の出雲の大綿津見の娘が周饒国王の奈岐命の母とおもわれる。大綿津見は周饒国を配下にした。周饒国王は出雲の大山津見の娘を妃にして、阿遅鍬高彦根や美豆別之主らを生んだ。美豆別之主は天津神・綿津見の子孫の周饒国王である。すなわち、大山津見も綿津見の子で、丈夫国の子達だ。阿遅鍬高彦根の子の奈賀命は周饒国王となった。それで、おそらく、大山津見の支配地が但馬・多岐で娘が奥津宮の多紀理毘賣、邊津宮の田寸津比賣なのだろう。そして、丈夫国が奥津宮も邊津宮も領土と主張したと思われる。

 戔嗚の子達で天菩比はその子の建比良邊が津嶋縣直である。また、遠江國造等の祖で『大荒東經』の「大人之國」を思わせる。そして、天津日子根は凡川内國造や木國造、倭田中直、山代國造・・・等之祖」と根国の祖だ。そして、市比賣の子の年神は神活須毘の娘の伊怒比賣を娶って、大國御魂神、韓神、白日神、聖神を生んでいる。すなわち、年神が韓地、筑紫、襲、そして、御魂神は残った豐を領有したと考えられる。『舊事本紀』は「大国御魂神大和神也」と豐の神が大和を征服したと述べる。そして、さらに、香用比賣との子が山戸臣、すなわち、大和の国神、そして、跡継ぎの年御神である。大年神の兄弟に宇迦之御魂神がいる。宇迦能山は葦原色許男が須世理毘賣を正妻に、宇迦能山の山本に宮殿を建てた。おそらく、須世理毘賣は宇迦之御魂の子孫だと思われる。火須勢理、火遠理の説話は、宇迦能山の説話がモデルと考えられる。兄猾・弟猾の争いで、弟猾が勝利している。葦原は「豐葦原中國」と豊国にあり、葦原色許男は豊国の王だ。豊国の王は大御魂の子孫なのだから、豐玉彦だろう。そして、年神は丈夫国の王なのだから、日臣すなわち大伴連の祖の忍日である。すなわち、九州の国譲りは、忍穗耳や瓊瓊杵ではなく、大年神と忍日だったと考えられる。忍穗耳や瓊瓊杵の舞台は但馬・丹波・若狭・三国・近江の説話である。

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