2019年5月10日金曜日

最終兵器の目 海幸・山幸2

 続けて、『日本書紀』慶長版は
彥火火出見尊因娶海神女豊玉姫仍留住海宮已經三年彼處雖復安樂猶有憶鄕之情故時復太息豊玉姫聞之謂其父曰天孫悽然數歎蓋懷土之憂乎海神乃延彥火火出見尊從容語曰天孫若欲還鄕者吾當奉送便授所得釣釣因誨之曰以此鈎與汝兄時則陰呼此鈎曰貧鈎然後與之復授潮滿瓊及潮涸瓊而誨之曰漬潮滿瓊者則潮忽滿以此沒溺汝兄若兄悔而祈者還漬潮涸瓊則潮自涸以此救之如此逼惱則汝兄自伏及将歸去豊玉姫謂天孫曰妾已?()矣當産不久妾必以風濤急峻之日出到海濱請爲我作産室相待矣
【それで、火火出見尊は海神のむすめの豊玉姫を娶って、海宮に留り住み、三年が過ぎ去った。ここは、安らかで樂しとけれど、やはり里心がついて帰りたくなってしまった。それで、大きな溜め息をついていた。豊玉姫はそれを聞いて、父に、「天孫が悲しみ沈んで何度も嘆いています。きっと里を懐しんで憂いているのでしょう」と言った。それで、海神が彦火火出見尊を引き入れて、落ち着き払って、「天孫、もし郷に帰りたいのなら、私が、送りましょう。」と言った。すなわち得た釣針を授けて、それで、諭して、「この鈎を持ち帰ってお前が兄に与える時に、密かにこの鈎に呼びかけて『釣れない鈎』と言って、その後で与えなさい」。また潮が満ちる瓊と潮が引く瓊を授け、諭して、「潮が満ちる瓊を海につければ、潮はたちまち満ちてしまう。これでお前の兄を溺れさせなさい。もし兄が悔いて祈ったなら、引き返して潮が引く瓊を海につければ、潮はおのずから引いてしまう。これで救ってあげなさい。このように責めて悩ませれば、お前の兄は自から降伏するだろう」と言った。帰ろうとした時、豊玉姫が天孫に「私は妊娠した。もうすぐ産まれます。私は、必ず風や波が急峻な日に、海辺に出て来て私の爲に産室を作っていてください」と言った。】とある。
この海神は豊国の王とここで記述され、豊国は海釣りに精通していて、鈎の調整方法や潮の満ち引きのタイミングを良く知っていて、出産時期は海が荒れる時期に当たることを記述している。
そして、『日本書紀』慶長版は
彥火火出見尊已還宮一遵海神之教時兄火闌降命既被危困乃自伏罪曰從今以後吾将爲汝俳優之民請施恩活於是隨其所乞遂赦之其火闌降命即吾田君小橋等之本祖也後豊玉姫果如前期将其女弟玉依姫直冒風波来到海邊逮臨産時請曰妾産時幸勿以看之天孫猶不能忍竊往覘之豊玉姫方産化爲龍而甚慙之曰如有不辱我者則使海陸相通永無隔絶今既辱之将何以結親昵之情乎乃以草裹兒棄之海邊閉海途而俓去矣故因以名兒曰彥波瀲武鸕鷀草葺不合尊後久之彥火火出見尊崩葬日向髙屋山上陵
【彦火火出見尊は、国の宮に帰って海神の敎えに従った。兄の火闌降命、既に厄い困って、自から罪に伏して、「これからは、私はあなたのために振る舞う民となります。ねがわくは情けを施して生かし続けてください」と言った。それで、許しを乞うとおり赦した。許した火闌降命は、即ち吾田君小橋等の本祖である。後に豊玉姫は、前に約束した通り、その妹の玉依姫を連れ、真っすぐ波風を押し分けて、海辺にやってきた。お産の時にやってきて、「私のお産の姿を見ないでください」と願った。天孫は我慢できずに密かに産室に行って覗いた。豊玉姫が生もうとした時に龍のように見えた。それでとても恥ずかしがって、「もし私を辱めなかったなら、我が国とあなたの国を行き来してずっと隔てるものもなくたえることが無かったでしょうが、今、あなたは辱めました。それでどうして仲睦ましく一緒に過ごせましょうか」。そうして草を子に被せて、海辺に置き去りにして、
桟橋を閉めて去っていった。それで、子の名前を彦波瀲武草葺不合尊とした。だいぶ経って、彦火火出見尊は崩じた。日向の高屋山の上の陵に葬った。】とある。
火火出見は豊国に婿入りしたのではなく、豊国の配下の王となったことを示し、お産は女性が神になる瞬間という畏敬の説話が、神イコール神聖な蛇イコール中国の龍伝説と変質し、嬰児を海辺で洗い、草をかけた様子を記述した。
古代は、次男以降が通い婚という形式で婿入りし、跡取り以外は、跡取り以外の姫を連れて、男の国に引き取られ、たということなのかもしれない。

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