2018年4月27日金曜日

終兵器のミサ 日本書紀のレシピ

 現在の『日本書紀』は8世紀の官僚が作った偽書で信用できない、継体以降は信用できるがそれ以前は信用できないという、信用できない人物が作った書物を半分信じるという理屈にもならないことを平然と述べ、無邪気にもそれを信じている人々が日本ではほとんどだ。
『続日本紀』には「舍人親王奉勅 修日本紀」と『日本書紀』でないことが証拠などと言う人々もいるが、考え方が「先に『日本書紀』偽書有りき」で、この文面は『日本紀』を修正して『続日本紀』を書いた人々が知っている『日本書紀』を作ったとの意味で、そのため『日本書紀』には『日本舊記』・『日本世記』と記述されていて、『日本紀』があるからそれに対して古い『日本紀』は『日本舊記』であり、それらを併せた『日本書紀』なのである。
8世紀につくったのなら、欠史8代は不要、長命天皇も不要、長い統治も不要、中国や朝鮮の史書を見て知っているので、その事件に合わせて書けばよいのだから、それらとずれるはずが無く、武内宿祢が2世紀にわたって出現させる必要もなく、九州王朝を消さなくても、すべて天皇が行ったことにすればよいのです。
「郭務悰」が進駐したなどと書く必要もないし、計算して作った干支を一巡・二巡ずらしたり、天皇の死亡記事が解らないなどと書く必要もないのです。
現代の人々は古代の人々を、自分と同類の無邪気な人々、空想と現実の見分けがつかない人々と見誤り、無邪気に空想科学小説として『日本書紀』を理解しているが、現代の人々は空想科学小説を論拠に大真面目に古代史・考古学を論じていて、鉄腕アトムが・仮面ライダーが信長・秀吉・家康と同列に伝記に載せるように映り、滑稽でならない。
『法隆寺金堂薬師如来像光背銘』も野中寺の『弥勒菩薩半跏思惟像 本像台座の框』も空想科学小説の『日本書紀』に合わないから偽物とするが、なぜか国宝になっているのだ。
日本は偽造という犯罪者の作品を国の宝とする異様な国家と映ってしまい、ピカソの模造画があまりにも素晴らしいから国宝にすると同じことを行っており、本来、日本国民は国に対して訴訟を起こすべきと言わなければならない。
勿論、本来は逆で、どちらも本当に立派な国の財産で、現代の人々の目が曇っているのであって、訴訟を起こすべきは国宝側で、名誉棄損で古代史学者を訴えるべきなのである。
『三国志』の著者陳寿は壱岐の広さは漢代からの常識で15Km四方だと知られていた、邪馬台国は会稽の南ではなく東にあたり、『後漢書』に「倭在韓東南大海中」・『三国志』に「大海之中」すなわち『山海經』以来から書かれている海中(渤海・黄海・東シナ海)にある、大和なら日本海の「海外」か太平洋の「大荒」になるということは常識で間違いないと弁論するはずである。

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