2017年2月19日日曜日

最終兵器のミサ 『新唐書』ふたたび

新唐書にはさらにおっかしいよちゅう文があって、ヨウメイ天皇がメタリシヒコって書いてあるんだけど、ショウトク太子のまちがいと偉い先生たちが気に入らないから言っているんだけど、また、ヒネクレもんがフツフツわいてきちゃった。
ショウトク太子っていえばスイコ天皇の皇太子だからそんなこと言われてもこまっちゃうんだよね、でも、ちょうど新唐書はあてにならんという人ばっかだからだぁ~れも気にしやしない。
でも、ここにひねくれもんがいて、おもしろい人を見つけちゃったんだけど、それがスカテヒメとゆうヨウメイ天皇のお嬢ちゃんで、37年間伊勢神宮のサイオウになったんだけど、ふつうサイオウは天皇が変わると交代するんだけど、なぜか三代の天皇にまたがってついているんだ??。
そうゆうばあいなんかわけをかきそうだけどかいていなくてとってもふしぎだけど、日本書紀の天皇ってちょっとおかしいからもうちょっと考えてみると、隋書ではタリシヒコは男で奥さんがいて太子はリカミタフリ??、スイコ天皇って女性で太子はウマヤド、ぜんぜんちゃうよねぇ。
まあ、名前にかんしてはずっとあとから書くけど、新唐書が書くようにヨウメイ天皇のほうがスイコ天皇とするよりつじつまが合いそうだよね。
そんで、法隆寺の仏さんに法興31年西暦621年にウエミヤ法皇(天皇?がお坊さんになった)と母親と奥さんが亡くなったとかいてあるけど、どうやら、この天皇はこの時ホウコウ天皇?(隋書にはオオキミと言われている)と呼ばれていて、天皇について31年たっている?、えぇ、隋書に書いてあるのは607年でこの天皇だよね。
自分の国の彫刻にもちがう天皇の名前がでてきてしまったじゃない、やっぱ日本書紀は嘘っぱちじゃんてきこえてきそうだけど、前にも言ったように嘘っぱちにするわけが見つからないから、それこそ、名前をかくしたわけがあるはず、どうせ作るなら、チョウコクしたとうりに書けばいいねぇ。
ただ、このヨウメイ天皇が天皇じゃなくオオキミだったことがきになるよねぇ、だって、朝鮮の本には531年の記事に日本の天皇ってでてくるんだよ。
まあ、ここでは天皇名があやしくって、もしかしたら2代ずれてるんじゃねぇてゆうこと、え・えぇ、うっそぉ、おかしなことゆんじゃねぇよって聞こえてきそう

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