2017年2月14日火曜日

最終兵器のミサ 『古事記』って?2

新唐書の話の前に古事記ってどんな本かもう少し見てみるね。
古事記は神様の部分はオオクニヌシが主役で、前に書いたように神話以外はアマテラスオオミカミは付け足しだけどそれでもいっぱい書いてあって日本書紀ととっても似ているよね。
ジンム天皇は奈良県の南に攻め込むんだけど、日本書紀と古事記では来る道がちがっていて、古事記は宮崎県から大分県そして福岡県そして広島県、奈良県で日本書紀は福岡県から広島県、奈良県???、なんでわざわざ福岡県によるの、大分県から広島県に行けばいいじゃん。
古事記でジンム天皇にはまたの名前がワカミケヌ、トヨミケヌ、カムヤマトイワレヒコと3つもあってなんでぇ、天皇は名前なんていらず1つでいいはずで、セケンサマはイミナとまことしやかにいうけど、ほかの天皇にはこんなにたくさんの名前はないよねぇ。
だいたい昔から2つ名前があるのは悪人がおおくていいひとは仏のなんとかべぇぐらいのはずで、この3つの名前は3つのイエガラの人が書き換えたんじゃないの、だって建国した人なんだからみんな知らないはずがないもんね。
だから、最初の家柄の人が書いたワカミケヌの名前を次に書いた人がトヨミケヌの家柄の人が付け加えて、最後はゲンメイ天皇の家柄の人がつけたしたんじゃないのぉ、そら、いちゃもんつけたトヨの家柄の人。
ちゅうことは、トヨの家柄の人は福岡の人が書いた本を使ったと考えるのが普通だよねぇ、って、なんで福岡の人の建国を奈良でするのぉ?、こう考えられないかなぁ、福岡の人も違う人の本を使っちゃった、盗作だぁ、じゃぁだれの、そう広島の人が最後だから、福岡の人はオオクニヌシの子分だったからオオクニヌシの子分のオオが付くオオモノヌシという広島の人で、あとから、奈良の人が奈良を奪ったんだけど、誰から奪ったというと、オオモノヌシの子孫の娘さんを嫁にしているんだよ。
だから、福岡の人の借用した本を使って古事記を書いたっちゅうことで、最後に福岡のことが書いてあるのがジングウ皇后までだから、ジングウ皇后より後はトヨすなわち大分の人たちが書いたっちゅうことよ。
だから、どうみても奈良の話なんだけど、自分たちは大分の話としているんだよきっと、だって、地名なんて同じような名前がどこにもあるんだから、王様が地名を変えちぁえばいいんだから。
そんで、オウジン天皇のとき宇治の近辺に攻め込んで奈良も自分のものだけど、攻め込んだ話は広島のオオモノヌシのは・な・しで、福岡の人たちはもちろん福岡に、大分の人たちは大分に攻め込んだはず、だって、関係ない奈良に攻め込んでも建国できないもんね。
じゃぁ、日向は?もしかしたらゲンメイ天皇?、違うと思うよ、だってゲンメイ天皇のイエガラは大分の人たちよりふるそうだし、福岡の人が最初にオオクニヌシから譲ってもらったのがイト国だったからイトの日向から出発したんだけど、大分の人にとって日向は今の宮崎だとゆうことで、宮崎を占領してから古事記はつられたっちゅうこと。
ってことは、福岡の人や大分の人ってどこに入ったのって言われそうだから、ちょっとだけ言っとくけど、昔から、王様の先祖はコウソ、最初の王様はタイソってゆんだけど、伊都にコウソ神社とタイソ神社、福岡市のトナリの糟屋郡ってとこにもタイソ神社があってジングウ皇后がいたカシイグウってお宮さんがあって、もう一つ福岡県のミヤコ郡ってとこにもタイソ神社があって、ここってむかしは大分の昔の名前のトヨってゆう地域だったんだ。

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