2021年9月29日水曜日

最終兵器の目  『日本書紀』一書 第九段8

   『日本書紀』慶長版一書は一書()一書曰天孫幸大山祇神之女子吾田鹿葦津姫則一夜有身遂生四子故吾田鹿葦津姫抱子而来進曰天神之子寧可以私養乎故告狀知聞是時天孫見其子等嘲之曰姸哉吾皇子者聞喜而生之歟故吾田鹿葦津姫乃慍之曰何爲嘲妾乎天孫曰心之疑矣吾嘲之何則雖復天神之子豈能一夜之間使人有身者哉固非我子矣是以吾田鹿葦津姫益恨作無戸室入居其內誓之曰妾所妊若非天神之胤者必亡是若天神之胤者無所害則放火焚室其火初明時躡誥出兒自言吾是天神之子名火明命吾父何處坐耶次火盛時躡誥出兒亦言吾是天神之子名火進命吾父及兄何處在耶次火炎衰時躡誥出兒亦言吾是天神之子名火折尊吾父及兄等何處在耶次避火熱時躡誥出兒亦言吾是天神之子名彥火火出見尊吾父及兄等何處在耶然後母吾田鹿葦津姫自火燼中出来就而稱之曰妾所生兒及妾身自當火難無所少損天孫豈見之乎報曰我知本是吾兒但一夜而有身慮有疑者欲使衆人皆知是吾兒幷亦天神能令一夜有娠亦欲明汝有靈異之威子等復有超倫之氣故有前日之嘲辭也梔此云波茸音之移反頭槌此云箇步豆智老翁此云烏膩」、【一書に、天孫は、大山祗の娘の吾田鹿葦津姫を娶った。それで一夜で四人の子を身ごもった。それで、吾田鹿葦津姫は子をお腹の中に抱いてやって来て、「天の神の子を、どうして私だけで養えましょう。それで、状態を告げに来た」と言った。この時に、天孫は、その子達を見て、「おう美しいものよ、私の子と、聞いたがうまく生まれるかな」とけなした。それで、吾田鹿葦津姫は、「どうして私をけなすのか」と怒った。天孫は、「疑わしいから、けなした。なぜなら、天神の子といっても、どうして一夜で、身ごもるのだ。本当は私の子でないのでは」と言った。それで、吾田鹿葦津姫は、ますます恨んで、戸が無い小屋を作って、その中に入り、「私の腹の子がもし天神の子でなかったら、きっと死んでいる。これがもし天神の子ならば、無事に生まれる」と誓った。それで火を放って小屋を焚いた。その燃え始めで明るくなった時に、ふんばり叫んで生まれた子は、「私は天神の子で名は火明。我が父は何処にいらっしゃる」と言った。次に火が燃え盛る時に、ふんばり叫んで生まれた子は、また「私は天神の子。名は火進。我が父と兄は、どこにいらっしゃる」と言った。次に火炎が下火になった時に、ふんばり叫んで生まれた子は、「私は天神の子で名は火折。我が父と兄達は、どこにいらっしゃる」と言った。次に火の熱が冷める時にふんばり叫んで生まれた子は、「私は天神の子。名は彦火火出見。我が父と兄達は、どこにいらっしゃる」と言った。その後で、母の吾田鹿葦津姫が、燃えのこりの中から出てきて、子達と一緒に、「私が生んだ子とわが身は、自分から火の中に入ったが、少しも損わなかった。天孫、よく見なさい」と言った。「私は元々私の子と知っていた。ただ、一夜で身ごもった。だから疑う者がいると思って、皆が皆、我が子で、天神だから一夜で身ごもると知らせようとした。またお前も不思議な威厳が有る、子達も類まれな気概が有ることを明らかにしようとした。だから、前の日にからかった」と答えた。梔を「はじ」という。音は之移の反。頭槌を「かぶつち」という。老翁を「をぢ」という。】と訳した。

一書()は「頭槌」や「老翁」の説明を記述しているので、一書()の続きと解る。

事細かに火の中から生まれたと記述しているが、『日本書紀』記述時は「火」は「ほ」と読み、「ほ」は「穂」国のことで「穂・火」という漢字が入った後につくられた神話と理解でき、この一書を記述した人たちは、「ほ」を火と理解し、別の一書の人たちは「ほ」を穂と理解し、農耕の人と狩猟の人の違いと思われる。

すなわち、「彦火瓊瓊杵」は「穂日子瓊瓊杵」すなわち「穂日」の子で、正勝吾勝勝速日天忍穗耳は速日国の「神」国の配下の王で日国の分国の「穂」国に侵略して、瓊瓊杵を「穂」国王にした神話があり、それで、『日本書紀』は豊日国の女王の子を産むが、本来は松明や暖炉を描いていた古伝があり、この神話は吾田という地域の神話と完全に入れ変え、「ほ」を火に書き換え、火の中から生まれて、火山が近辺にある地域の神話に書き換わったようだ。

以前に記述したように、『舊事本記』は熊襲国を筑紫に入れないで「日向國謂豊久士比泥別」、『古事記』は「熊曽國」も筑紫に入れて日向に國を付加せず「肥國謂速日日向豊久士比泥別」と伊都国の日向の近辺の吾田と日向国の近辺の吾田と別地域で、霧島や鶴見岳や阿蘇山を想定した隼人の祖の火闌降(火進)の神話を記述していると考えられる。

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