神武天皇――その名を聞いて、誰を思い浮かべるか? 「彦火火出見」? けれど、それは違う。『古事記』での彼の名は、「若御毛沼」。またの名を「豐御毛沼」。そして、称号として名乗るのが神倭伊波禮毘古。この名こそが、私たちが「神武天皇」と呼ぶ人物の、記憶の中のもう一つの姿だ。
しかし、ここで立ち止まってみよう。「若御毛沼」、この名は、後に登場する「御眞木入日子印惠」と、重なってないか? 御真木入日子、『古事記』に、初めて死亡日が記された王。干支で記されたその没年は、戊寅年十二月。これは、西暦318年のことでは? 干支は60年で一巡り。60年を超えると、記憶は神話になる。120年、180年、240年……時間は霧に包まれ、輪郭を失う。
けれど、60年以内なら、記録は生きている。だからこそ、死亡日が記された。だから、記されなかった者たちは、神話の中に沈んでいった。適当で良いのなら、空白にする必要が無い。意味のない死亡日なら、書く必要が無い。誰もが、解るから死亡日を書いた。すなわち、『古事記』の天皇の死亡日の間隔が60年以内だから記した。
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