2026年8月7日金曜日

最終兵器の目 新しい真実の古代 神倭伊波禮毘古の正体とは?3

  気比王家若御毛沼が大国主の王家を引き継いだ。そこに豐御毛沼が後継者として入る。東征とは、剱を振るう物語ではなく、王家間の婚姻と称号継承の流れを、神話のかたちで語ったもの。婚姻は強制? 政略? どちらも含くんだのだろう。若御毛沼=御真木入日子の家系が、政権を奪った過程。それが、御真木入日子までの神話として語られた。

『古事記』に登場する神武の妃、五十鈴依媛。彼女は、五十鈴媛の妹というより、分家筋の次世代葛城王女。若御毛沼の先祖が、五十鈴依媛に婿入りし、「神倭伊波禮毘古」へとつながった。沼河耳(ぬなかわみみ)が、磯城の川派媛に婿入りし、次の王系へ。「神倭伊波禮毘古」は豊御毛沼が磐余に入った時の名。若御毛沼の先祖は「神倭毘古」という名跡を得たのでは? 皇后の姪に婿入りした王が名乗るのに相応しい名では? そして、五十鈴依媛は称号として引き継がれていく。

五十鈴依媛は、綏靖天皇の皇后となる。神倭毘古は綏靖天皇だった。「神倭毘古」――それは、大神君に繋がる家系。この家系には、豊御氣主、大御氣主、大御氣持。若御毛沼、豐御毛沼との同じ響きが。偶然とは思えない。そして、末裔には大物主の子の大田田祢古。崇神朝に、大和で大物主大神を祀った人物。この大田田祢古が、御眞木入日子印惠に繋がるのかも。

『古事記』は語る。神武天皇は、大物主の娘を妃に迎えたと。それは、大田田祢古の姉妹? 豊御氣主の後裔の大友主は崇神朝の時に大神君を賜姓された。しかし、大神君は垂仁天皇の時はただの「大三輪君の祖」の大友主。仲哀天皇の時から大三輪大友主君。『古事記』の息長帯日売の頃? 神倭君の名を交換? 『古事記』の帯中日子の崩御は362年、御真木入日子は318年。この間に名前を交換した。名とは、ただの呼び名ではない。それは、家の記憶。王統の証。神話の奥に眠る、静かで強い政治の知恵。『古事記』は御真木入日子から歴史が始まった。

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