2026年8月21日金曜日

最終兵器の目 新しい真実の古代  消された王〝磯城彦″1

    和知都美、『古事記』に、安寧皇后の孫、淡道御井宮の王として登場する。どんな人か? その姿は霧の中にあり、いくつもの謎が彼を包んでいる。彼には、二人の娘がいた。紐某姉(別名:倭国香媛)と、紐某弟。この「紐」という名、それは、血の記憶を静かに語る鍵だった。

まず、注目すべきは、『日本書紀』で皇后の父として継承される名「葉江」。安寧・懿徳・孝昭・孝安、四代にわたる天皇の皇后を、「磯城縣主葉江の娘」あるいは「弟の娘」と記されている。一方、『古事記』にはただ「縣主 波延」とだけ。本来記されるべき地名は、どこにもない。この省略、それは、逆説的に語る。波延(葉江)とは、その名を聞けば誰もが王と分かる、地名など不要なほどに知られた、絶対的な存在だった。

つまり、葉江=磯城彦(磯城津彦)は安寧天皇。そして、その名を継いだのが和知都美、すなわち、考安天皇。この王統こそ、「磯城王朝」と呼ぶにふさわしい。皇后が王朝の継承者。皇后の父親は天皇。天皇は葉江を襲名する。その証が、〝紐″の名にある。和知都美の娘たちが「紐某姉」「紐某弟」と呼ばれているということは、彼女たちが葉江の血を引く者であることを、静かに、しかし確かに語っている。葉江=磯城彦という〝言わなくとも解る名″は、血筋の内側で、〝紐″というかたちで受け継がれていた。

0 件のコメント:

コメントを投稿