2025年12月1日月曜日

最終兵器の目 新しい古代史 真実の古代 雄略天皇1

 456年安康三年冬十月癸未朔は正しい日干支で、磐坂市邊押羽と平群真鳥が王位を争った。後継者の大前の弟の小前(磐坂市邊押羽)、履中天皇の姪の荑媛を妃にした人物である。大前・圓が失脚し、女国の後継者は大津の小前と圓の娘婿の平群真鳥が皇位を争った。大長谷若建は伊莒弗の娘の童女君の婿、布都久留に相当する。455年に大前から皇位を継いだ大泊瀬幼武は大伴室屋に追い出され、河内から朝倉に首都を変えた。

『舊事本紀』の元年十一月壬子朔甲子は安康三年で、「天皇令有司設壇於泊瀨朝倉即天皇位」とあるように、天皇が即位した。天皇は大伴室屋で「還定謁宮」と朝倉から帰って謁宮を定めたと、朝倉とは異なる場所が首都になった。これは、河内に遷都、皇后が代わった、稚姫に代わったことを意味する。

元年春三月庚戌朔壬子は正しい日干支で、「立草香幡梭姫皇女爲皇后」とあるように、大伴室屋が河内王の難波の志幾の大縣主の大草香の妹の草香幡梭姫を皇后にした。依羅連柴垣の娘の太姫の名は大縣主の姫に相応しい名前で、婿が大長谷朝の布都久留大連である。室屋の甥にあたる。雄略天皇の陵が丹比高鷲原なので、扶桑国河内の天皇で、「東千餘里有女國」と記述されるように、扶桑国難波・女国琵琶湖間は約50㎞で、短里では千里だ。

『舊事本紀』は二年丁酉春三月庚戌朔壬子のように元年が二年と1年のズレが有るが、『舊事本紀』の元年は安康三年である。すなわち、457年雄略元年に、「平群真鳥臣為大臣以大伴連室屋物部連目為大連」と真鳥が女国王に即位した。

0 件のコメント:

コメントを投稿