2024年4月12日金曜日

最終兵器の目  新しい古代の神話 氏族の祖神と神子

  『日本書紀』の神話を記述した大伴氏の祖神は国常立であった。しかし、そこには、宇摩志阿斯訶備比古遲を取り除いて、記述されたことが推測された。『日本書紀』ではこの宇摩志阿斯訶備比古遲のかわりに、国常立のペア神である天常立が常で祀られ、その常立を祖神としたのだろうと考えられる。さらに、最後に記述された『舊事本紀』では、天常立の代わりに天祖天譲日天狭霧國禪月國狭霧尊を祖神に置き換え、『古事記』の天御中主と可美葦牙彦舅の前に記述された。

『古事記』は大臣の歴史書であり、『舊事本紀』は大連の歴史書である。つまり、両書とも、元々は宇摩志阿斯訶備比古遲が大臣・大連の祖神であったことを示している。可美葦牙彦舅の「シ」は島や氏の「シ」と解釈され、彦は昼ヶ浦の日神の神子を指し、葦牙は吾シ()の河()の日(日神)を指す。そして、神子の妻(女王)にとって舅に対し姑が存在するはずで、姑が国常立であると考えられる。この神は若狭美浜に天から降った神を象徴している。美浜は常神半島と敦賀半島に挟まれており、敦賀半島には馬背峠、常神半島には日向湖がある。また、宇摩志麻治の母は鳥見の姫であり、鳥浜は美浜の隣に位置している。そして、宇摩志麻治の父である饒速日は大臣と大連の祖である。

『古事記』と『日本書紀』では、ペア神として敦賀の気比の神の伊邪那岐・伊邪那美が描かれているが、『舊事本紀』ではおそらく、「二代化生天神」と「三代耦生天神」がペア神と考えられる。これらは、天八下尊が対馬から大津に降った宇都須山祇を、天三降尊が出雲の鞍山祇之大神と対応させたものと思われる。

『舊事本紀』によれば、大神君の祖である大夫の天日方奇日方と共に、事代主を大神として奉齋したのが宇摩志麻治であった。事代主の娘である活玉依姫は、常神半島の日向湖の近くの日向で祀られたと思われる事代主を祀る、恐らく、生倉の女王と考えられる。高御産巣日は高島の神であり、劔根が高倉山で神剣を得て、孫の羸津世襲が初代の大連となった。そして、「素戔鳴尊此則筑紫胸肩君等所祭神是也」という記述から、胸形丈夫国の神が須佐之男であり、つまり速須佐之男であると考えられる。これが大伴氏の祖とされる神子なのだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿