2026年9月2日水曜日

最終兵器の目 新しい真実の古代 磯城の王3

  『古事記』にも明記された〝最初の記録ある天皇″。それは偶然ではない。なぜなら、崇神こそが、実質的に畿内の統一王権を築いた、東鯷の〝初代天皇″だったから。『古事記』の御真木入日子が、崇神天皇の血を引くと考えられたのも、その正統性のためだったのだろう。さらに、崇神天皇の正統性を裏付ける婚姻関係がある。その妃の名は、大海媛。彼女は、天火明の血を引く尾張王家・紀国王家の王女。つまり、崇神は尾張氏に婿入りすることで、尾張家の正統性を自身に取り込んだ。

その下地は、すでに開化天皇の時代に動いていた。開化天皇の側近、大臣・伊香色雄(比古布都押之信)が娶ったのは、建宇那比の娘。この娘こそ、大海媛(大倭媛)=真鳥姫だった可能性が高い。建宇那比は紀国荒河戸畔・志紀彦、娘が崇神皇后。天皇大倭根子の娘の名にふさわしい。尾張王家(黒速王統)と物部王家(伊香色雄)、この二つの王家が、婚姻によって融合した。こうして、王家は完全に結び合わさる。それが、東鯷国、崇神朝だった。

神武紀に仮託された神話の中には、本来は後代の実在王たちだった人物が数多く取り込まれ、〝神話″へと歴史が塗り替えられていった。周饒国や君子国の王統を引く人たちは、日干支の記録を持つ人たちだった。しかし、大人国の王統を引く尾張氏にとっては、記録のない神話の世界だった。三王家を統一して、磯城に大和王権を打ち立てた、それが、崇神天皇の姿なのだ。3つの風が一つに集まった。こうして、歴史の時代に入ったと思われた。しかし、御眞木入日子印惠が亡くなる318年。その年まで、神話の世界の王がいた。御眞木入日子印惠が神武天皇のお面を顔に、そして演じて舞う。

0 件のコメント:

コメントを投稿