2026年11月2日月曜日

最終兵器の目 新しい真実の古代 資料や中国が語った古代4

  和銅五年、正月二十八日。太安萬侶が献上した『古事記』の序文。そこには、こう記されていた。即位した清原天皇は賢后(?賢い后)。黄帝を軼(?黄帝を上回る)。 また「この天皇は 夏朝の初代王禹(文命)のようで 殷朝の初代王湯(天乙)のようでもある」。まるで、今、目の前の元明天皇こそが、日本の〝はじまりの王″だとでも言わんばかり。

しかし、その一年前、天武・總持の政権は静かに幕を閉じていた。そして、文武から続く元明という新たな系譜が始まった。「大宝」と建元、……あえて、改元ではなく建元と言おう……、されたことで、日本の王朝は、新しい顔を得た。安萬侶は、序文の中で、あえて今上の天皇を「禹」や「湯」と並べた。それは、正統の初代を宣言するための仕掛けだったのかもしれない。『新唐書』は天皇でない高徳の白雉改元を書いた。ならば、文武の大宝改元も、天皇で無いかも。

中国人は女系の王が理解できなかったのでは? 中国の常識では、女帝は前王の孫へ継承するための一時しのぎとの考えが有ったのでは? 倭王朝の皇祖母、額田部・十市への継承が理解できなかった? だから白雉は俀国王統の始まり、大宝も、新しい日本の王朝の始まりだったのでは? しかし、桓武天皇は俀国王統の継承者だった。