『山海経』は4つの国があったと書いた。その王様はどんな人だったのだろうか。
私たちが「日本のはじまり」として知る物語、それは、三つの古代の書に記されている。『日本書紀』、『古事記』、そして『先代舊事本紀』。この三書に共通して現れるのが、神倭磐余彦皇。いわゆる〝初代神武天皇″と呼ばれる存在だ。
しかし、その名は、すべて異なっている。『日本書紀』では、彦火火出見。『古事記』では、若御毛沼/別名・豐御毛沼。『先代舊事本紀』では、狭野。これは、一人の王が多様に語られたのではない。むしろ、三つの異なる王統が、それぞれの〝始祖″を神武天皇と定めた結果なのでは?
視点を、もっと遠くへ。海の彼方に広がる神話の地、中国最古の地理神話書『山海経』。そこには、四つの国が登場する。そして驚くべきことに、その中の三国はそれぞれ、神武天皇の異なる姿と、奇妙に響き合っている。
■ 君子国と『日本書紀』
『山海経・海外東経』に記された「君子国」。冠を戴き、剱を帯び、礼と智によって国を治める理想の王国。孔子が憧れた「君子」の国、その理想が、ここに息づいている。日本に、「君」を名乗る人達がいた。「吾君」・「邑有君」と。その中に、吾田邑の吾平津媛の氏族が「君」の姓を持っていた。『日本書紀』の編者は、「きみ」に君子国の「君」を重ねたのかもしれない。史書は「きみ」に王の漢字を割り当てる。『日本書紀』にとって特別な王が君だ。そのように考えるならば、神武天皇とは、君子国の王の末裔。礼と王道を重んじる、理想の天子だったのかもしれない。同時代に生きた孔子も『山海経』も君子国と君子が違う国の事とは言わない。共通の国とその王だと思っている。