鬼(木)神を祀るという霊的な構造は、扶余族が侵入する以前の朝鮮にも息づいていた。高句麗、馬韓、辰韓、彼らもまた、鬼神を祀る民だった。箕子朝鮮の箕子は鬼子? 天子? のこと? 音の響きが重なるのは、偶然だろうか? 鬼国の住民は自らを鬼などとは言わないはず。鬼国の人は足を延ばして開いて座った? 箕(ふるい)にかけた?
そして、その上に立つ者がいた。天神を祀る「天君」。天君が支配した鬼国は、やがて邪馬台国の名のもとに統べられる。『山海経』の時代から『三国志』の時代まで、「天(あま)」にいた王に従っていた国。俀王の氏は阿毎(あま・天)、阿輩雞彌(?吾は君)、「君」と呼ばれた。
卑弥呼は、神と交信し、その言葉を民に伝え、政を導いた。中国から見れば「鬼道の女」。けれど、日本にとっては、神の声を聴く者。霊の力によって統治を導く、神の媒介者だった。つまり、鬼国とは、霊威をもつ土地の名。鬼道とは、神と通じる祭祀の技。鬼神信仰とは、日本と朝鮮に共通する、祖霊・地霊への祈り。「鬼」とは、恐怖ではない。それは、神秘と畏敬の名。
そして、その鬼を従えた魔。中国では、天君が、周朝の頃まで恐れた悪魔と同じ民族・魔だったことを忘れてしまったのだろうか。天君は天子を戴く漢民族にとって、どう映ったのだろうか? 朝鮮人も中国の天子を天君と見做したか? そして、中国が北朝・隋になると、天の価値が値崩れした。日本の阿毎雞彌を日本人は無礼にも、「日出所天子」と言っていると。